サバ味噌ブログ(内容色々)

サバ味噌が感じたこと、好きなこと、趣味、仕事での体験等様々な内容を書いていきます!

尊敬できる人ってどんな人のことだろう?

本日も一日お疲れ様でした、仕事の人もそうでなかった人も、一日をやり切ったことには変わらないですからね!

 

さて、本日で仙台が最終日となり、いよいよ明日の午後に八戸に帰るのですが、「帰るのもう少し後で良いよっ!」と思っています←

 

まぁ、そんなこと言いつつ、八戸帰って食べたいラーメンやら魚やらがあるので大人しく帰ることにします。

 

本日は最終日ということで、これまでの職場の先輩方と一緒に飲みに行ってきました、そこで感じたことについて書きたいと思います。

 

以前仙台で勤務していた自分は、ただなんとなく上の人の意見に従い、余程のことがない限りは相手の意見を尊重し、同調し、それなりに仕事をやって毎日すごしていました。

 

しかし、昨年から仕事における役職や立場が変わり、世間一般で言う管理職という立場になり、その生活は様変わりしました。

 

これまで先輩だった人々に対して自分が指示を出したり、まとめたりするようになり、そこで、自分の意見を話すことも反発することもなかった自分自身が、扱いやすい反面、とてもつまらない人間だと唐突に理解しました。

 

その理由として大きく2つ、「イエスマンは自分の成長には役立たない」、「自分の意見のない人は魅力的ではない」という点が挙げられました。

 

1つ目の理由は、同調する人間だけ自分の周りにおいても、それ以上の成長は望めないと考えたためです。

 

自分の場合、相手の迷惑にならないよう、相手に意見を求められても基本的にはあまり話すことがなく、同意だけして終わっていました。

相手から何か意見を求められた際、「特にありません」と言うのは簡単ですが、相手の成長を妨げ、仮に自分の考えがあった場合、それを押し殺すことにより不満が生まれ、フラストレーションとして返ってきて、最後は愚痴等の形として第三者に現れてしまうからです。

 

2つ目の理由は、1つ目のものに付随しますが、自分の意見があっても話さない場合、どんなに素晴らしい考えを持っていても、全くの無意味なものになります。

しかし、影で「実はこうだった!」、「自分は本当はこう考えていた!」という話を相手のいない空間でしても全く価値がないものであり、自らの評判を落とすことになりかねないと考えるためです。

 

本日の先輩との飲み会で昔の自分の話になった際に、以前の私はあまり話さないからよく分からなかったが、今は変わったとの言葉があり、本日この記事を書いてみました。

 

結論として、個人的に尊敬できる人とは「立場等関係なく、自分の意見をいつでも話すことのできる人」であり、今後の自分自身も理想像に近づけるよう努力していきたいと思いました。

 

PS:プライベートでは仕事の場合、先輩に対して多少イエスマンでも良いとも思ってます。